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トップインタビュー

株式会社東急ハンズ 代表取締役社長 社長執行役員 榊 真二 氏

「ヒント・マーケット」をキーワードに、様々な変革に取り組んでいる株式会社東急ハンズ

2011年4月に代表取締役社長 社長執行役員に就任された榊社長に、今後の展開についてお聞きしました。

株式会社東急ハンズ

代表取締役社長 社長執行役員 榊 真二 氏

1980年 東急不動産株式会社入社
2004年 同社経営企画部統括部長
2006年 同社執行役員経営企画部統括部長
2007年 株式会社東急ハンズ常務執行役員兼営業企画本部長
2008年 同社取締役専務執行役員2008年 
2010年 同社代表取締役専務取締役2008年
2011年 同社代表取締役社長 社長執行役員

インターウォーズ株式会社

インタビュアー 片原 和明

情報産業大手企業にて社会人デビュー、経理・経営企画・総務・法務・人事と新規事業開発に深く経験。その後、外資系生保会社にて個人・法人営業・マネジメント経験を経て現職。

片原 和明(以下、片原最近の東急ハンズのキーワードで「ヒント・マーケット」と言う言葉がよく出てきますが、定義とそのキーワードに行き着いた背景を教えてください。

榊 真二 氏(以下、榊):日本の小売業界は横ばいで推移しています。
現在、リアルな店舗だけではなく、インターネットやテレビショッピングなどのバーチャルな店舗まで、様々な小売が過当競争になっている状況です。私たちはネット事業も展開していますが、やはりメインはリアルな店舗。
そこの店頭価値で競合他社といかに違いを出していくかということを、何度も社内で議論をして再定義しました。その結果行き着いた考え方がヒント・マーケットなのです。

現在、世の中に商品は溢れていて、ネットでもあらゆるものが手に入ります。でも、店頭に来ていただく意味というのは、ただ単に商品が並んでいるのではなく、「発見買い」だとか、様々な商品の使い方や素材を組み合わせての展開だとか、店頭でのイベントなどを通じ、私たちが提案をして、お客様が色々と気付きやヒントを持ち帰っていただくということだと思うのです。つまり私たちは単に商品を売っているのではなく、生活のヒントを売っているお店なんだということです。

片原:従業員の方たちが店頭でマイブームを起こすきっかけを作るということですか?

榊:そうですね。何かをしたい人のお手伝いだったり、一人一人の皆さんが生きることをどう楽しみ、達成感を味わうかといった、つまりは「生きている意味」そのもののお手伝いですよね。言い方を変えると、お客様はそれぞれの生活をデザインしながら生きていますが、当然ながらその舞台は一人一人違う。そこに対して、私たちがそれぞれに合ったお手伝いをさせていただく。そういう店でありたいと思っています。

片原:以前からもそのような精神だったのでしょうか?

榊:東急ハンズには元々「CREATIVE LIFE STORE」というコンセプトがあります。ただ、もちろん昔はモノが無い時代でしたから、豊富な品揃えとか、ちょっと珍しいものを探してくるとか、そして何か聞かれたときに相談に乗るとか、そこがメインだったんですね。ですが、今はモノを置いているだけ、揃えているだけでは、昔に比べて価値は無いですし、そんなに珍しいものもそうそうありません。
今はこれだけモノが溢れている時代ですから、以前と通じているものは一緒なんですけれども、店頭でこちら側から様々な「きっかけ」になるような提案をして、情報発信型に変えていきたいのです。

片原:榊社長が4年半前に東急ハンズに来られたときに感じられたことと、実際に取り組まれたことを教えてください。

榊:創業時はCREATIVE LIFEというコンセプトの下、世の中に無いような小売の形態を作って評価されていましたが、周囲の環境の変化もあり、売上げは右肩下がりになっていました。社内にはCREATIVE LIFEと書かれてはいましたが、全然クリエイティブじゃありませんでした。「東急ハンズはどういうお店なの?」、「どういう価値を提供しているの?」と、従業員や社外の人にも聞くと、言葉に詰まることが多かったのです。「品揃えが多い」というような答えしか返ってこなくて、果たしてそれは他との差別化になっているのかと。また、売り上げが苦しいと、安い商品に方向転換しているカテゴリーがあったり、従業員の中でも東急ハンズの提供価値が非常にぶれていました。

経営的には、組織とか人事の運営の方法だとか、全く整っていなかったIT環境だとか、物流体制だとか、それらの構造改革は、利益を出すために聖域なく行ったのですが、やはり東急ハンズとして、きちんとぶれない軸を作らないといけないと感じました。

メーカーであれば、商品次第で企業イメージが変わることがありますが、小売は価値が何で作られているのか、上手く言い難い部分がありまして、それを作り上げていくにはどうしても時間がかかります。そのためにもしっかりとした軸が無いと、何となく品揃えが良い店で終わってしまいます。そこに、かなりの時間と労力を割いて、社員にも考えてもらってやってきました。その結論がヒント・マーケットということなんです。

片原:それで、ある程度、社内の雰囲気も変わり、構造改革も進んできましたか?

榊:そうですね。ヒント・マーケットと言っても、マニュアルがあって、これはこうしなさいというものではありません。
元々東急ハンズは社員が売りたいものを仕入れて販売するというマインドでやってきていますから、それをヒント・マーケットという軸で形にすれば良い訳です。そのためにはそれぞれが考え、共有化しながら価値を積み上げることで、実現出来ると思っています。もちろん色々な教育やITの仕組み作りなどはやりますが、大切なことは一人一人の社員の意識が同じ方向に向かって仕事をしているかだと思うのです。

その点に関しては社員に対して説明会などもやりましたし、年1回は顔を合わせて話をしてきました。

片原:そういう取り組みは実際に行うのは非常に大変だと思うのですが。

榊:そうですね。やはりこれまでやってきたことの否定から始まるわけですから、もちろん抵抗もありますよね。ですから時間はかかりました。もちろん時間に限りもあるので、一人一人と顔を合わせてということは無理でしたが、基本的にはコミュニケーションをしっかりと取らないと理解はしてもらえないですよね。
そして、コミュニケーションの取り方にも色々あって、例えば現在はイントラネットの充実化を図っていますが、そこに色々と情報共有の場があるんです。そういうところでも積極的に社員と意見交換をするようにしています。

片原:外部から見ても最近の東急ハンズの活力は目を見張るものがあると思います。その活力はどのように生み出されたのでしょうか?

榊:ヒント・マーケットの価値作りも、新たなMDの仕組み作りも、もちろん私が一人で出来る訳がないので、何名かの社員に中心になってやってもらいました。社員にとっては、外から来たトップが勝手なことを言ったって、納得はいかないでしょうしね。それに、現場のことも商品知識なども、実際を知っているのはやはり社員の方ですから。
私は常々、社員がなるべく自発的にやってもらえる機会を増やすよう心がけています。一人一人が黙々と仕事をしていても、組織はなかなか価値を生まないですし、一人がアウトプットをして、他の人がそれを吸収したり、反応して意見を言ったり、そういう風にして次の価値が生まれます。

そういう化学反応が多く起きる会社こそ、新しい価値を生むことが出来る良い会社なのだと思います。一人一人がクリエイティブじゃない会社でCREATIVE LIFEが実現できるはずがありませんしね。
以前は雰囲気が内向きになっていたり、能力があるのに発揮できない環境がありました。それが改善されてきたのは、根底には社員の潜在能力や、彼らの意識の中に、そういうマインドがあったということが大きいです。そういう意味では非常に助けられています。

片原:これまでの取り組みの中で、社員とのぶつかり合いは無かったのですか?

榊:最初はMDの仕組みを変えたのですが、そこは社員の中で抵抗感が大きかったようですね。自分たちが仕入れて販売することに価値があるのに、それを止めると東急ハンズの価値がなくなるという呪縛に囚われていた社員が非常に多かったからです。

その点に関しては、実際に結果を出していくと、「やっぱりそうなのか」となってきました。そういう部分では多少強引でも形を変えてやっていかないとダメなんだと思います。
例えば、私が東急ハンズに来て半年後に銀座に出店をしたのですが、当時の既存店のスタイルでは、銀座のファッションビルの中で勝ち残っていくのは難しいだろうと感じていました。そこで、銀座のターゲット層が東急ハンズに求めるものは何かを突き詰めて、これまでの東急ハンズとはMDも店作りも変えて挑みました。
オープンしたときは、社員からすると高みの見物みたいな感じもあったと思うのですが、どちらかというとしらーっとしていました(笑)。

半年しか準備期間が無かったこともあり、オープンから1年間は苦労しました。ただ、軸がはっきりしていたので、そこがぶれずに価値を高めることが出来、その後は毎年売り上げが伸びています。そうして結果が出ることで、社員の中にも「そういうのもありなのかも」という考えにちょっとずつ変化してきました。既存店でもこういうことを取り入れたいという声も出てきて、少しずつ考え方が変わってきましたね。そのうちに品揃えを絞った小型店のハンズビーを始めたり、ヒント・マーケットの考えを取り入れた店舗も増やしたりしていきました。

片原:お話を聞いていると、社長の相談しやすい人柄なども大きかったのではないでしょうか。

榊:自分だと分からないですけどね。
ただ、社内は上下横含めて、コミュニケーションが円滑に取れない組織というのはロスが大きい組織ですし、色んな意見は出来るだけ聞くように心がけています。

片原:今後はどんな展開を考えていらっしゃいますか?

榊:まだ、ヒント・マーケットという考え方を決めて2年くらいなので、そのレベルをより高いステージに上げていかなければなりません。それをやり続けながら、既存店のバリューアップも手がけていきます。
私たちは小売業界の中では店舗数が決して多い方ではありません。中期的には海外も見据えていますが、まだまだ国内での展開の余地はあるはずです。まずは、そこでオンリーワンの企業を目指します。もちろん規模では1兆円規模の小売企業さんもたくさんある訳ですから、とにかく規模ではなくオンリーワンを目指そうと考えています。そのための価値作りが必要です。それをベースに国内の未出店地域へ展開をして、同時にアジアを中心とした海外展開にトライして行こうと思っています。

片原:それを実現する上で課題と感じられていることは何かありますか?

榊:一つは色々な仕掛けが常に出来る経営のベース作りですね。小売を取り巻く環境はどうしても不安定ですし、ちょっと良ければすぐに他に真似をされてしまいますから。

それと利益水準をもう少し高めないといけないと感じています。そうしないと何かある度に費用を削って、しばらく抑えてということになってしまいます。

それと、まだ他の小売さんとの差別化が私たちの思うところではやれていない部分があるので、そのレベルを、とにかく今は上げることです。私たちがすごく大事にしたいことはアナログ価値と言いますか、人間というのは五感の動物ですから、色々と店頭で価値を感じる仕掛け作りとか商品製作などのレベルを高めたいと思っています。

今、世の中の小売はチェーンオペレーションや規模拡大、利益率を高めるための省力化やアイテム数の絞り込みが主流となってきています。それはそれで立派な生き残りの手段だと思いますが、世の中全体がその流れに乗ってしまうと同質化してしまいます。
小売本来の店頭での「楽しさ」や「変化」といったものがある店というのが少なくなってきているような気がするんです。東急ハンズはそこを徹底して追及していきたいと思っています。

片原:そこを追求していくためには、従業員の育成も重要な要素になると思います。実際には従業員にも様々なタイプの方がいらっしゃると思うのですが、社内の研修システムや社内報なども含め、自己発信の機会を作っていこうとされているようですね。

榊:そうですね。もちろんコミュニケーションが苦手な社員もいますから、自己発信は非常に大事だと思っています。例えば、社内のイントラネットでは、様々な取り組みなどを自発的にアップできたり、それに対して誰でもコメントできるようになっています。そういったやりとりがどんどん行われるように常々意識しています。

片原:先ほど、化学反応という言葉が出てきました。異分子を入れたときに初めて化学反応が起こると言いますが、こんな人にもっと参加してもらいたいなというのはございますか?

榊:やはり色々な価値観を持った人です。みんなが同じ企業風土の中で働いていると、どうしても同質化してしまいがちですので、違った考えややり方の価値観を持っている人は社外に多いですよね。ですから、社外から来てもらうというのも一つですし、あるいは社外の方と組むということも重要だと思っています。

また、社員に対してよく言うのですが、良いアウトプットをするためにはインプットの量と質を高めないといけません。インプットの仕方には、例えば、雑誌、外を歩く、興味のあることに参加する、人とコミュニケーションを取るなど色々あります。それは人それぞれで良いのですが、いずれにせよ、インプットを常日頃から意識して、それを自分のアウトプットにどう繋げるかということを考えてくれる社員が増えれば増えるほど、色んな価値が生まれてきます。それらの集合体で作った価値は、マニュアルで作られたものではないので、非常に真似をされにくいはずです。

片原:それを実現するためには、働く方の参加意識が重要になってきますよね?

榊:そうですね。当社には1年契約のパートナー社員という形態の従業員が全体の3分の2くらいいるのですが、彼らに店の中のVMD担当などを任せることも多いですし、例えばPOP作りに長けている方がいれば力を発揮してもらっています。そうして出来るだけアウトプットをしてもらうことで、本人たちの参加意識はもとより、自己達成感も得られると思います。自分が成長していくことは誰でも嬉しいことなので、東急ハンズは出来るだけそういう場でありたいと思っています。

片原:今日、話を伺っていて近頃の東急ハンズの盛り上がりは榊社長の影響がすごく大きいと改めて感じました。

榊:いえいえ、そんなことは全く無いです!(笑)
先ほども申し上げましたが、私が持っていない多くの経営資源がベースとしてあってこそ、出来ることなので。私は、既に確立されている東急ハンズのブランド価値や良いイメージといったものを、いかに私たちの価値に繋げていくか、その仕組みや仕掛けを考えているだけです。

以前は当社も運営の仕方などでぶれたことがあって、辞めた人もいたと聞いています。もったいない部分もあったと思いますが、企業ですから、色々苦労も厳しい面もありますし、社会的責任もあります。

でもそれが何のためということが見えていれば、自分も会社にいて楽しくなるでしょうし、店頭でもお客様にそういうことを感じてもらえると思います。

片原:先ほど、中期的なお話は伺いましたが、長期的にはどのようにお考えですか?

榊:お客様に常にわくわく、ドキドキを提供できるような店にしたいですね。言い換えると、小売のディズニーランドと呼ばれるようになっていたいですね。

片原:本日はお忙しい中、ありがとうございました。